理系関西人の日常

理系の関西人がちょっと笑える日常を綴ります.理系っぽい事もそうじゃない事も

スマホ機種変更でつまづく~前編~

大学入学を機に当時最新版だったiPhone6で念願のスマホデビューを果たした.それまで防塵性と防水性しか頭に無かった私は見た目がごつくていかにもアウトドアな感じのガラケーを使っていた.当時はやたら角ばったそいつのフォルムをかっこいいと思っていたので,友達から「トレジャーガウスト」と呼ばれた時には心底落胆したものである.ちなみにトレジャーガウストとは,その辺に潜んでいる幽霊(ガウスト)を釣り上げ,集めたり友達とバトルさせたりして遊ぶ現実融合型ホビーである.遊んだことは無いがその存在は昔読んだコロコロコミックで知っていた.今でいうポケモンGOのようなものであろう.ガウストを釣るためのごつい道具と私のガラケーが似ている,とのことだった.否定はできなかった.

ガウストハンターの烙印を押されてしまった私はもうそいつの事をかっこいいと思えなかった.ごめん,こんな周りに流されやすい持ち主で…

恥を忍びながらもそれを使い続け,大学受験を終えた時に機種変更することにした.防塵を気にしていたのは野球部の活動で毎日砂隠れの忍並みに砂まみれになるからであり,大学で野球を続ける気の無かった私は防塵など最早どうでもよく,スマホにしたい,ガウストハンターから足を洗いたいと両親に懇願した.受験も終わったし良いだろうとのことで親は快諾してくれ,初めて手にしたスマートフォントレジャーガウストに比べてやたら薄く,ネットや動画も見られるなどその使用法の幅広さに感激したものである.

そしてそれを5年9か月使い続けた.

もう一度言う.5年9か月である.別に誰かを人質に取られていたわけではない.特に故障はしていなかったし,動作に不満も無かった.動けばそれでおっけー☆という脳死状態で使い続けた結果である.そして新しいものはすぐ手に入れないと気が済まないといった性分でもないので,最新版のiPhoneが発売されるたびに長蛇の列を成す人々を内心バカにしていただろと拳銃を突きつけられれば,しぶしぶハイと答えるだろう.

そんな感じで古いスマホを使い続けていた私は,使用年数が長くなるにつれて好奇の目で見られるようになった.機種を発表するだけで友人に驚かれ,もはや「iPhone6」という単語だけで爆笑がとれるようになっていた.そうなるともっと長く使い続けて笑いを取りたいという要らぬ芸人魂が燃え上がった.使用期間が長くなるほど笑いが取れるのだ.既得権益を手放さなかった私のスマホはいつの間にか化石と呼ばれていた.動いてるんだから化石じゃなくてシーラカンスだろという反論も虚しく,化石判定が覆ることは無かった.そして私の物持ちの良さを褒めてくれる者はいなかった.

せっかくガウストハンターを引退したのに気づけば化石を求めるトレジャーハンターになっているではないか.私は根っからのハンターなのかもしれない.もういっそ博物館に展示できるぐらいまでiPhone6を使い続けてやろうと思っていたが,購入から5年半を超えたあたりでとうとう調子が悪くなってきた.ネットが少し重いし,何より1日に4~5回フリーズするようになり強制再起動をしなければならないのが面倒だった.さっさと機種変しろよと思われるだろうが,私の学生生活は残り半年も無いのだ.もう少し耐えればキリが良いし,親名義のスマホなので機種変更が面倒くさい(親元を離れて生活している).就職先は実家に近いので,その時に機種変した方が楽だ.そう思って耐えていたが,ある日のスーパーで事件は起きた.

数日分の食料を買い物かごにぶち込み,キャッシュレス決済でスマートに会計を通り過ぎようとした時,レジでスマホがフリーズした.私は慌てふためいた.レジ打ちバイト経験のある私からすれば,レジ前でもたつく客は厄介だった.「人の嫌がることはするな」という万国共通の教えに従うために,時間のえらくかかる再起動(経験上5分ほど)をするわけにはいかない.いや待てよ,何を慌てる事がある.現金で払えば済むことじゃないか.私は落ち着きを取り戻し,優雅に財布を取りだした.中身がすっからかんの財布を.

脳内でチーンという音が響く.なんでこんな時に限って...

「あはは...お金が無くて,すみません...」

こんな時はもうヘラヘラするしかない.散々時間をかけたくせに結局のところ時透無一文とは情けないが,無いものはどうしようもできない.店員のあきれ顔が目に入った.私は顔面が床にめり込む勢いの低姿勢で買い物カゴを手に売り場へと戻った.

落ち着いて再起動し,もう一回レジに並べば大丈夫だ.もちろんさっきのレジの店員からは変人認定を受けているので,別のレジだ.しかし,再起動がなぜかうまくいかなかった.遂にとどめを刺されたのか,何ボタンを押しても画面が真っ暗なまま.私の心も真っ暗だ.中二病患者が憧れる完全なる闇をスーパーの一角に作り出してしまった.

もう買い物は諦めるしかなかった.周囲の客の怪訝な顔を横目に食料を一つずつ棚に戻す.もはや半泣きである.この時私は世界一無駄な時間を過ごしていると自負していた.そして全ての商品を戻し,手ぶらで店を出た時にこう思った.

「機種変しよう」

機種変更に対する思い腰がようやく上がった瞬間である.さすがにもう耐えられない.

帰宅して充電器に繋いだところ,幸いにも正常に動作した.私は速攻親に連絡し,機種変したいという旨を告げた.すると,

あんたまだiPhone6やったん!?!?

とめちゃくちゃ驚かれた.いや,あなたは知ってるでしょうが...

事の顛末を話し,機種変更の許可を得たわけだが,他人名義のスマホを機種変更するにはその名義人が来店するか,名義人からの委任状が必要らしい.面倒だと思ったが,東京に単身赴任している父親が仙台まで来てくれることになった.コロナでずっと移動が無かったので,久しぶりに家族と会っておくのもいいだろうという事だった.圧倒的感謝.

父親の来仙話がとんとん拍子に決まり,スーパーで絶望したあの日から1週間を待たずに父親と合流し,携帯ショップへと向かった.

もちろん携帯ショップでも店員さんに驚かれた.ついでにiPhoneを5年以上使い続けた実績を買われ,バッテリーを長持ちさせる秘訣を教えてくださいとまで言われた.トレジャーハンターの名誉挽回である.充電が0%になるまで充電器につないではいけないだの,充電しながらの使用はいけないだの関白宣言のごとく偉そうにのたまったバッテリー長持ち講座は5分に及んだ.

さあいよいよ新しい機種を選ぶ時だ.どうせなら最新版を買ってやろうと企んでいた私はiPhone12をチョイスした.ちょっと角ばったフォルムのあいつである.6から12へとダブルスコアで機種変したやつなんて私ぐらいしかいないだろう.

契約内容や料金表の説明はタブレットを自分で読む方式だったが,今までと一緒で問題無いはずだ.私は「契約内容を理解されましたか?」というタブレットの表示に対し,脳死で「はい」を連打した.一通りの説明が終わった後,名義についての話になった.店員さんに名義を親から私個人に変えるかどうか聞かれたのだ.父親は言った.

「もうすぐ社会人やしどうせなら名義あんたに変えとくか?」

私は二つ返事でOKした.

こんな風に何かあった時名義が本人の方が便利だと思ったのだ.もし故障などした時に再び父親を召喚するのは気が引ける.

店員がちゃちゃっとパネルを操作し,一瞬で私名義のスマホに切り替わった.名義ってこんな簡単に変わるものなのか…

名義変更の圧倒的スピードに感心し,諸々の手続きを経て機種変更は完了した.

だが在庫が無いため引き渡しは1週間後となるそうだ.今日から俺は!!!最新iPhone!!!のテンションだった私は少しがっかりしたが,これぐらいのお預けならかわいいもんである.ぜひ待ってやろうではないか.もちろん現金は肌身離さず持っておく.

その後どうしても牛タンが食べたかった私はまんまと父親を牛タン屋に連れていくことに成功し,親に金を使わすだけのドラ息子と化した.

翌日の仕事の為に東京へ戻った父親を見送り,この日は終わった.

この化石iPhoneと一緒に過ごすのもあと1週間,そう考えると少し寂しい気もしたが,これは避けられない変化だ.私は帰りの電車の時間を調べた時にまたもやフリーズしたiPhoneを再起動させながら家路につくのであった.

~後編へ続く~